みき.com

日記。イラストを公開するブログ。

「牢獄の薬」

 

下水道が流れている、子供の頃に嗅いだ溝の匂いがした
何時からここに居るのか覚えていない、ある日に目が覚めたら牢獄に居た
部屋にはベッドと机と椅子、少し小さな棚がある、時々配られる本や雑貨はそこに置いてみた
配られると言っても固く閉じられた鉄の扉の下、向こう側からしか開かない仕掛けに
成っている所から配給される、物は綺麗で軽く掃除はしているから清潔だ
もうすぐ数年に成る、牢獄の外はどうなっているのかまだ分からないけど
隣の辺りから時々扉を開ける音がする、何が条件だったのだろう。

 

夢を見た、草原の上を誰かと歩いている、女の子だった気がするけど
ぼんやりとしていて良く覚えていない、晴れた夕方で遠くには不思議な色の雲が見えた
その時に雲の隙間から人型の羽の生えた形(良く見えなかったけど)それが光り輝いた。真っ白になる視界の中、彼女はこう言った。
「もういいんじゃないかな」
目が覚めると何か音がする、眠気眼を擦り視界を整えると
重量感のある音と共に鉄の扉が開いていた。

 

監視員は普通のお姉さんだった、何故か恥ずかしそうで
まるでアルバイトが研修をしているようだった
「あの、自由時間ですけど気が向いたら帰ってきて下さい、逃げちゃダメですよ
結局無理なんですから。そういう事なんですから。」
そう言うと彼女は照明が点々と連なる廊下の奥に歩いて行った
僕は取り敢えず音のする方に行ってみる事にする、少し歩いた後に簡単な分かれ道を左に。
明かりが見えてきた、近づいてみると見慣れた看板があった、コンビニじゃないか。
数年前、僕が子供の頃に見た事のあるまま何も変わっていないデザインだった
人が数人いる、笑顔の人も居れば無表情で何か話している人も居る
店内は明るい、お金は以前配給で配られた物がある、使い道はこう言う事だったのかと思い
あの時下水道に捨てなかった自分に感謝する。取り敢えず数分ほど迷った後に本を2冊と袋に入った妙な薬を買った、これは外で話していた人がみんな持っていたもので人気なのかと思って
気に成っていた商品だったから手に取った、会計を済ませるとお釣りを僅かにもらった。
店を出る、特に良い気持ちはしない、この世界に成れてしまったと言う事かな。

 

他にする事も無いので帰る事にした、あの様子だとまた出られるだろうな
何故か確信している、多分あの夢が関係していると言う事は僕の妄想だ
少し歩いた後に簡単な分かれ道を右に、看板のデザインのされたビニールを少しぶらつかせていると、何か黒い影が袋を引っ掻いた。猫だ、どこから来たのか分からないが取り敢えず袋を持ち上げた。猫は飛び跳ねて袋を引っ掻こうとする、後ろから足音が聞こえた、振り向いてみると
真っ黒の髪の長い女の子がこちらを見ていた、どうやら飼い主のようだ
囚人服の僕は半袖に長ズボンだけど、彼女は黒いドレスを着ていた。此処の管理をしてる人かなと思った。薄暗い照明の下、笑顔で少し話し始めた。
「やっと出られたのね、遅くなってごめんなさい、悪いのはあなたのせいじゃないわ
きっと良いことがあったのね。だってあなた動作が不自然だもの。わたし知ってるわ、
そういう時は事を広げずに真っ直ぐ元の場所に帰ると自然と良い方向に向くのよね。」
訳が分からなかったけど、謝られた、少し悪い気がしたので理由を尋ねると何も言ってくれなかった。少し照れている顔が見えた、どこかで見た事がある、思い出そうとしていると監視員のお姉さんが、後ろから肩を軽く数回叩いてきた、どうやら扉を開けてくれるようだ。僕はまた牢獄の中に入ると、早速本を読む事にした。

 

読書をしていても身に入らない、黒いドレスの女の子が気に成る、どこかで見た事があると言う考えがグルグルと回る、文字なんて頭に入ってこない、1冊目の半分を読んだところで薬に手を付けてみた。袋を開けると錠剤が入っていた、配給された水で飲んでみると、何だか夢を見ているような気分に成った、これは危険だと思い袋の裏側の説明を見てみた。読まないで飲んだ自分に後悔している、少しふら付く意識の中こう書いてあった
「退屈なひと時に、夢見るクスリ、本製品に副作用はございません、安心してお使いください」
安心した、多分大丈夫だろう、みんな使っているからと言って確信はできないけど
多分大丈夫だろう、廊下を歩いていて廃人みたいな人や音は無かった、もうだめだ
意識が遠くなるのが良く分かる、ふわふわと何かに導かれるように夢の中に吸い込まれていった。

 

草原に居た、周りにはベンチとその隣に大きな樹が生えている
誰か座っている、不思議な色の雲を見ながら歩いて近づいてみるとあの女の子だった
彼女はドレスを着て猫を膝に抱え座っている、隣に座れと手を差し伸べたので遠慮なく座った
「ここはみんなが居る場所、だからみんなは私なの、分かるかな」
「分からない、でも最近読んだ本に何か近い事が書いてあった」
「多分それだよ、昔の人が考えたのかな、現実は違うけど似たようなものね
きっとその人もこの世界を見たのよ、間違ってはいないと思うけど」
「君はそう言う事なんだね、僕は救われたのか」
「あなたがそう思うなら、全部がハッピーエンドなのかも知れないわ
いや、きっとそうなのよバッドエンドなんて見てられないもの」
「そうなのか、そうなんだな」
「もうすぐ時間よ、あなた現実を見る力が弱いのね、だから芯のある人間に成るのよ
どういう事か分かるかな、いやあなたなら考えなくても分かる事ね」
「そうだな直に分かった、気にする事じゃないさ、こうでもしないと友達でも欲しくなるから」
「それならいいわ、あら雲の隙間からあの子が出て来たわね、もう時間よまた会えるといいわね
いやきっと会えるわ、あなたがそこに居る限りね」
「ああ、そうだな」

 

目が覚めると、ベッドに居た、そうだここで薬を飲んでいたんだ
まだ薬はたくさん残っている、鉄の扉がまた開いている
外には監視員のお姉さんがモジモジと立っていた
「あの、お金が足りなかったら働くことできるので、気を落とさないでください」
どうやら心配されている、夢の内容の事かな、ぼんやりとだが覚えている
だけどはっきりしない、なんだったかな、そんな事を考えていると後ろから足音がした
「管理人さん、おはようございます、お散歩ですか」
監視員がそう言うと猫を抱えた真っ黒のドレスを着た女の子が立っていた
話しかけようとした、何か大切な事を忘れている、彼女の表情を見ると何か知っているようだった
「あの、どこかで会いませんでしたか」
彼女は微笑みながら嬉しそうに言った、猫が彼女の手元から飛び降りた
「いやきっと、夢でも見てたんでしょうね」
猫は僕の足元にすり寄ってきた、偶然ではないような気持ちがどこか懐かしかった。


おわり

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